今回は、マーケティング実務で文章表現を行う際に「ポジティブ/ネガティブ」をどのように使い分けるかについて、科学的な根拠も交えながら、解説していきたいと思います。
「どういうこと?」とピンと来ない人もいるでしょうから、感覚的にわかりやすい次のような例を見てみましょう。
ポジティブな表現: 「この治療を受ければ80%の確率で症状が改善します。」
ネガティブな表現: 「この治療を受けなければ20%の確率で症状が悪化します。」ポジティブな表現: 「この牛肉は75%が赤身です。」
ネガティブな表現: 「この牛肉は25%が脂肪です。」ポジティブな表現: 「禁煙すると、健康が向上し、寿命が延びます。」
ネガティブな表現: 「禁煙しないと、健康を損ない、寿命が短くなる恐れがあります。」
上記は、論理的・定量的には同じ意味ですが受け手に異なる印象を与える文章表現となります。
こうした細かな文章表現の違いは、マーケティング施策において、ターゲット・セグメント属性の違いによって、使い分けると絶大な効果を生む場面があります。
リスク回避よりも挑戦を求めるイノベーター/アーリーアダプターがターゲットであれば、ポジティブな表現のほうが行動を換気しやすいでしょう。
逆にリスク回避思考が優先するアーリーマジョリティ以降がターゲットであれば、ネガティブな表現のほうが刺さる場合もあります。
たとえば「今、入会しなきゃ損!」と暗示的に「流行から乗り遅れる」「このキャンペーンを逃すと損する」といった損失回避を避けたいという心理を刺激するといった形です。
優れたコピーライターは、対象の心理を的確に読み取り、こうした細かな違いを巧みに操ります。
一方で、こうした表現は人間の心理の深い部分を刺激しすぎる部分もあるため、不信感や嫌悪感・反感を抱かれる要因ともなります。そのため、扱いは慎重に行うべきです。
以上を踏まえ、行動喚起を促すためのポジティブ/ネガティブの使い分けについて解説していきます。
行動喚起の理解を深めるための学術的理論
プロスペクト理論
プロスペクト理論(Prospect Theory)は、ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱され、人々がリスクに直面したときにどのように意思決定を行うかを説明する理論です。この理論の重要なポイントは、人々が利益を得るときよりも損失を避けるときに強く反応するという「損失回避(loss aversion)」の傾向です。つまり、同じ価値を持つ利得と損失であれば、損失の方がより強く意識されるため、ネガティブな要素を強調することで消費者の行動を喚起しやすくなります。
たとえば、あるサービスの無料トライアルを提案するときに「この機会を逃すと特典が失われます」といった表現を用いることで、消費者は「損をしたくない」という心理から行動を促される可能性が高まります。マーケティング実務においては、プロスペクト理論を活用して、顧客が感じる損失を強調することで、行動のハードルを下げる効果が期待できます。
フレーミング効果
フレーミング効果(Framing Effect)は、同じ情報でもその提示方法によって人々の意思決定が大きく影響される現象を指します。具体的には、「ポジティブフレーム」と「ネガティブフレーム」の違いによって、同じ内容でも受け手の感じ方が異なることを説明します。
たとえば、「この製品は75%が満足しています」とポジティブに表現するのと、「25%が満足していません」とネガティブに表現するのでは、消費者の受ける印象は大きく異なります。マーケティングの文脈では、ターゲットが求める情報や彼らの心理に応じて、適切にフレーミングを使い分けることが効果的です。ポジティブな結果を強調することで、リスクを取ることを恐れない顧客の行動を促しやすくする一方、ネガティブな側面を強調することで、リスク回避思考が強い顧客に行動を促すことができます。
ポジティブフレーミング/ネガティブフレーミング
もちろんです。「ポジティブフレーミング」と「ネガティブフレーミング」は、情報の伝え方によって受け手の意思決定や行動に大きな影響を与える現象を指します。これは「フレーミング効果(framing effect)」という概念に基づいており、アモス・トベルスキー(Amos Tversky)とダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)によって提唱されました【Tversky & Kahneman, 1981】。
ポジティブとネガティブのフレーミングは、それぞれ受け手の心理や動機に応じて使い分けられるべきです。特にマーケティングや広告において、ターゲットが利得を追求するか、リスクを避けたいかを見極めることで、最適なフレーミングを選ぶことができます。
ポジティブフレーミング
ポジティブフレーミングとは、情報を好ましい形で提示し、受け手に前向きな印象を与える手法です。たとえば、「この商品を使うと効率が30%向上します」という表現は、効果をポジティブに示しており、受け手にとって利得を強調します。このフレーミングは、受け手に安心感や希望を与え、積極的な行動を引き出すのに有効です。
ネガティブフレーミング
一方、ネガティブフレーミングは、情報を損失やリスクに焦点を当てて伝える手法です。たとえば、「この商品を使わないと30%の効率が失われます」という表現は、リスクを強調することで、受け手に回避行動を促します。ネガティブフレーミングは、損失回避の心理(loss aversion)を利用し、受け手がリスクを避けようとする行動を促すことに効果的です。
意思決定フレーミング効果の三類型
出典:http://www.niigatachuoh-jc.ac.jp/hp/assets/file/gyousei/gyosei6055.pdf
リスク選択フレーミング
リスク選択フレーミングでは、リスクがある選択肢に関して、どのようにフレームするかによって選択が異なることを指します。典型的な例は「アジアの疾病問題」で、同じリスクでも「生存率」や「死亡率」の異なる表現が選択に影響を与えることが示されています。ポジティブなフレーム(例えば「200人が助かる」)とネガティブなフレーム(「400人が死ぬ」)の違いによって、人々のリスクへの態度が変わるのが特徴です。マーケティングでは、このリスク選択フレーミングを利用して、ターゲットの行動を促すためにリスクをどのように見せるかがポイントとなります。
属性フレーミング
属性フレーミングは、対象物の属性に関する情報がどのように提示されるかによって、その評価が変わるというものです。たとえば、牛肉の品質を「赤身75%」と表記するか「脂身25%」と表記するかで、受ける印象が異なります。ポジティブなフレームでは対象が好意的に評価される傾向があり、消費者に対して製品の価値を引き立たせるのに有効です。このようなフレーミングは、製品の説明や広告コピーなどで使われることが多く、消費者の判断をポジティブな方向へ導くことに役立ちます。
目標フレーミング
目標フレーミングは、行動の動機づけを目的としたフレーミングで、ポジティブな結果を強調するか、ネガティブな結果を強調するかで行動をどのように促すかが変わります。例えば、健康キャンペーンでは「定期的に運動すれば健康を維持できる」といったポジティブなメッセージと、「運動しないと健康を損なう恐れがある」といったネガティブなメッセージがあります。研究では、ネガティブフレームの方が行動の動機づけに効果的な場合もあることが示されていますが、状況やターゲットに応じて使い分けが必要です。
促進フォーカスレンズ/予防フォーカスレンズ
「促進フォーカスレンズ」と「予防フォーカスレンズ」は、エリ・トーリー・ヒギンズ(E. Tory Higgins)によって提唱された「レギュラトリー・フォーカス理論(Regulatory Focus Theory)」に基づく概念です。この理論では、自己制御の二つのスタイル、すなわち「促進フォーカス」と「予防フォーカス」を使って、人々がどのように目標に取り組むか、またどのように動機づけられるかを説明しています。
ヒギンズの理論によると、促進フォーカスは達成や利益、成長に向けたポジティブな目標を追求するものであり、これは人々に積極的な行動を取らせる効果があります。一方、予防フォーカスは安全性や義務を重視し、失敗や損失を避けることに主眼を置いています。このように、どちらのフォーカスを用いるかによって、目標へのアプローチ方法が大きく変わるとされています【Higgins, 1997】。
この理論はマーケティングや広告の分野においても多く活用されており、ターゲットの心理状態に応じて適切なメッセージを構築する際に役立ちます。例えば、促進フォーカスを持つターゲットにはポジティブな結果を強調したメッセージが効果的であり、予防フォーカスを持つターゲットにはリスク回避を強調するメッセージが有効です。
促進フォーカスレンズ
促進フォーカスは、成長や達成、ポジティブな結果を得ることに重きを置きます。このフォーカスでは、「成功」「利益」「達成」といった前向きな目標を追求することが強調され、積極的な行動が促されます。たとえば、広告で「今すぐこの商品を購入すれば、より健康的で幸福な生活を手に入れられる」といったメッセージを使用することで、促進フォーカスをターゲットにすることができます。
予防フォーカスレンズ
予防フォーカスは、失敗やリスクを避けることに重きを置き、保守的な行動を促します。このフォーカスでは、「安全」「リスク回避」「義務」といったネガティブな結果を避けるための行動が強調されます。たとえば、「この商品を使わなければ、健康に悪影響が出るかもしれない」というメッセージを使うことで、予防フォーカスの人々に対して強力な説得力を持たせることができます。
ネガティブフレーミングを巧みに使う神田メソッド
神田昌典さんは、日本のマーケティングコンサルタントとして著名で、ビジネス戦略やマーケティング理論において多大な影響を与えてきました。元々は外資系コンサルティングファームで活躍していた彼は、その知識と経験を活かし、中小企業や起業家の支援に尽力しています。
代表的な著書には『あなたの会社が90日で儲かる!』、『非常識な成功法則』、『2022――これから10年、活躍できる人の条件』などがあります。これらは、実践的なビジネスノウハウとマーケティング手法を具体的に紹介し、多くのビジネスパーソンに支持されています。また、彼のアプローチは心理学や行動経済学を組み合わせた手法が特徴で、特に日本におけるセールスコピーライティングにおいては非常に大きな影響を与えました。
神田昌典さんの「神田メソッド」は、ネガティブフレーミングを巧みに活用したセールス手法で知られています。特に、購買心理において「損失回避」の強い影響力を理解し、それを活用する点が特徴的です。人々は利益を得るよりも損失を避けることに強い動機づけを持つため、神田メソッドでは「今行動しないと失うもの」を強調することで、顧客に強力な行動喚起をもたらします。
たとえば、『あなたの会社が90日で儲かる!』では、具体的に「この機会を逃すことでビジネスの成長が止まる可能性」を示し、ターゲットに「今すぐ行動しなければならない」という感情を喚起します。このようなネガティブフレーミングは、特にアーリーマジョリティやリスク回避傾向が強い顧客層に対して非常に有効です。
しかし、神田さんのメソッドには、単に不安を煽るのではなく、ターゲットがその行動によって得られる「回避される損失」の具体的な描写を通じて、ポジティブな結果への架け橋を示すことが強調されています。これは、単に不安や恐れを喚起するだけでなく、行動の必要性を信頼関係の中で強固にし、結果として購買に繋げることを目指したものです。
神田メソッドは、セールスやマーケティングにおいて、どのように人々の心理に働きかけ、適切に行動喚起を促すかについて深い示唆を与える手法です。ネガティブフレーミングを戦略的に使うことで、顧客にとって「何もしないことがどれほどのリスクなのか」を鮮明に伝え、結果的に行動を引き出すことに成功しています。
マーケティング実務での利用シーン
※後日、追加予定。
- CTA
 - LP(ランディングページ)
 - バナー広告/キャッチコピー
 - ベネフィット
 
フレーミング効果利用時の注意
過剰に使用しすぎない
フレーミング効果を使いすぎると、お客さんからの信頼を失うリスクがあります。過剰に煽るような表現は避け、正直で誠実なコミュニケーションを心がけましょう。短期的には効果があるかもしれませんが、長期的にはブランドのイメージが悪くなることもあります。
バランスよく使い分ける
ポジティブとネガティブなフレーミングを、状況に応じてうまく使い分けることが重要です。ターゲットや場面に合わせて、どちらの表現が効果的かを見極めましょう。ポジティブな表現は人々を前向きな気持ちにし、行動を促しやすいですが、ネガティブな表現は注意を引き、危機感を持たせることができます。どちらが適しているかを判断し、柔軟に使い分けることが成功のカギです。
ダークパターンを避ける
消費者を混乱させたり誤解させるような「ダークパターン」は、長期的な信頼関係を壊すので避けるべきです。ダークパターンは一時的な売上を上げるかもしれませんが、消費者に不信感を与え、会社への悪いイメージを植え付けます。その結果、リピーターが減ったり、評判が悪くなったりするため、避けるのが賢明です。
対人相手での使用はさらに慎重に
対面でのコミュニケーションや人との関係では、相手の気持ちに大きく影響を与える可能性があるので、フレーミング効果を使うときは特に慎重になりましょう。相手の感情や反応を見ながら、適切な表現を選ぶことが大切です。また、相手に不必要なプレッシャーを与えたり、意図的にネガティブな気持ちを引き出すのは、関係を悪くする原因になります。相手の立場や気持ちを理解し、共感を持って接することが大切です。